4章:産業創造のための社会と共創する次世代起業家における熟達への実践
執筆者:山田晃義(ストレッチオペレーション)、三浦豪(ファウンデーションデザイン、ストレッチオペレーション)、小堀雄人(ストレッチオペレーション)、日比朝子(ファウンデーションデザイン、ストレッチオペレーション)、柳沢美竣(ファウンデーション、ストレッチオペレーション)、松田竹生(ファウンデーションデザイン)、岡内雄紀(ファウンデーションデザイン、社会と共創するマスタリーへのエントリー)、渡辺康彦(社会と共創するマスタリーへのエントリー)、本田智大(ストレッチオペレーション)、佐藤亮輔(ストレッチオペレーション)、並木大晟(ストレッチオペレーション)、小村来世(ストレッチオペレーション)曽 翰洋(ファウンデーションデザイン)、戸澤友宏(ファウンデーションデザイン)
4章のキーワード
用語 | 意味 |
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SO(ストレッチオペレーション) | 成り行きでは辿り着かないが叶えられたら喜ばしい高い目標を掲げ、その実現に向けて自己及び組織の変容に向き合い試行錯誤する学習様式。 |
ST(ストレッチターゲット) | 成り行きでは到達し得ないが、叶えられたら喜ばしい高い目標。 |
あの手この手 | 将来ありたい姿(To Be)と現状の姿(As Is)の差分を複数の時間軸から多面的に捉え、それらを埋めるためのアクションを数多く想起し、いち早く実践する手法のこと。 |
DB(ダッシュボード) | 社会と共創する熟達を理解し、動機づいている(将来ありたい姿と現在地がある程度鮮明になっている)人・組織が、将来ありたい姿と現在地の差分を可視化してそれらに敏感になり、将来ありたい姿に向かって熟達していくための動的なサポートツール |
ゼロイチフェーズ | 事業の成長段階において、創業期を指す言葉。解決する課題・解決策を磨き、エントリービジネスを作り込んでいる段階のこと。 |
レディネス | 準備性を意味する心理学用語。リープラにおいては「学習」の前提となる環境や条件が整っている状態を指す。 |
はじめに
本章では、第3章までの内容が、現在のReapraにおいてどのように実践されているのかを記述していく。その具体的な内容に入る前に、改めて第3章までの流れを振り返りっていきたい。
序章では、日本における教育のあり方や、現代の変化の激しい社会環境といった私たち(読者のみなさんは、主に20代以降の方が多いのではないだろうか)が育ってきた環境や今日生活している外部環境を捉え、「社会と共創するマスタリー」という概念が生まれてきた時代背景や、起業家が直面する現代社会について説明をした。続く第1章では、「社会と共創するマスタリー(熟達)」という概念について説明をした上で、脳と感情という我々人間に生物学的に埋め込まれている特性についての理解を深め、それらの熟達に向けた活用方法や経験学習サイクルを用いた学習方法を詳述した。脳や感情は、一見起業とは関わりが遠いように感じるかもしれないが、私たちが人間である以上、意思決定に無意識のうちに大きな影響を与えている。大事な部分なので、ぜひ何度も読んでみていただきたい。
その後の第2章・第3章は、私たちの行動や起業家が生み出す事業には「環境と自我の相互作用」が大きな影響を与えているという理解のもと、第2章では環境について、第3章では自我について記述している。第2章の環境については、新しい産業の創造を目指す次世代起業家が、どのようなPBFを選ぶことが重要なのかについて記述した。また、第3章では成人発達理論などを用いて自我と向き合うことの重要性や起業家にとっての効用について説明をしてきた。
これまでの章では、概念的な内容が多かったので、では実際にどのように起業家は産業を創造していくのか、言うは易しで実際に実践していくのは難しいのではないか、といった疑問をもたれた方も多いのではないだろうか。本章では、そういった疑問に答えるべく、これまでReapraが起業家支援や自分たち自身の実践から学んできた具体的な内容を盛り込んでいる。(第1版では、全体のバランスと期日の関係で多くの実践的な部分を泣く泣くAPPENDIXに回しているので、そちらも合わせてお読みいただきたい)
前提として、2020年12月現在のReapraでは、その投資先の多くがゼロイチフェーズであり、それにより実践ケースに偏りが存在している。Reapraが標榜するのは産業創造全体の研究実践であるが、現時点での限界を踏まえた上で読み進めて欲しい。
本章では、次節にて実践の枠組みを提示した後、第3節以降では、社会と共創するマスタリーを歩む道のりを、エントリー(第3節)、FDによる自己理解とライフミッションの紡ぎ出し(第4節)、PBFの選定とエントリービジネスの構築 (第5節)、SOの実践 (第6節)というステップに区切り説明をしていく。前述の通り、Reapraの実践がゼロイチフェーズに偏りがあることを踏まえて、最後の第7節ではReapraの研究実践のこれからについて触れる。
現在Reapraが注力しているゼロイチフェーズにおける実践の枠組み
前節で述べたように、Reapraが標榜するのは産業創造の栄枯盛衰を対象とした研究実践であるが、現在は主にゼロイチフェーズに重心がある。
本節では、Reapraが実践を通して作り上げてきた、社会と共創する次世代起業家がゼロイチフェーズにおいて実践するための枠組みの概観を示す。
前提として、本来すべての人が社会と共創するマスタリーを歩むことができると考えている。 しかし、現状では社会と共創するマスタリーのレディネスがあるかどうかで判断している。(これは現状のReapraのケイパビリティに寄るところが大きい。)
レディネスが確認できたら、自身の囚われの起源がどこにあるのかをIFD(インテンシブファンデーションデザイン)により明らかにしつつ、それがどのようにアップデートされてきたのかを整理していく。囚われがそれまでの人生を通じて脈々とアップデートされてきていること、囚われが自身のエネルギー源になっていることがつまびらかになるであろう。IFDの最後には、エネルギー源を社会的なアジェンダに変換をし、人生を通して成したいこと・ありたい姿をLife Missionとして紡ぎ出す。
次に、Life Missionと繋げて、競争が少なく社会と共創する熟達に向けた初期の学習が行いやすい環境(PBF)を選ぶ。 初期の学習は、現在の姿とありたい姿の差分を埋めるための小さな行動を、高い目標を掲げながら積み重ねていくことで経験学習サイクルを回していくことになる。
この一連の流れを伴走者と共に歩むのが実践の枠組みである。
現状のReapraでは、会社設立フェーズからPost IPOまでの幅広いフェーズの会社が投資先として存在しているものの、 IPO以後のフェーズに関しては相対的に実践が進んでおらず、今後のアップデートを期待されたい。 次節以降で、それぞれの要素についてより詳細に説明する。
社会と共創するマスタリーへのエントリー
はじめに
ここまで社会と共創する熟達について、それを促進する環境選びと、自我の向き合いの関係性について言及してきた。ここからは社会と共創するマスタリーを進めるにあたり、どのような実践から行っていくのが望ましいのか、これまでのReapraの経験を踏まえて記載したい。
社会と共創するマスタリーを進めるには、自らの内発的動機に基づきマスタリーテーマを紡ぎ出し、長期のなりたい姿に対して、様々な外部環境(社会)や自我と向き合いながら、近づこうとする学習が必要となる。学習のあり方は既に前節までで言及のとおりであるが、教授主義でなく経験学習型で学び続けることへの動機、そのためには自分自身のこれまでの学習態度に疑いの眼を向けアンラーニングを繰り返すことへの向き合いが必要となる。こういった社会と共創するマスタリーに対して前向きに学習しようとうする意欲を涵養することがまず第一歩となると考えている。
前提として社会と共創するマスタリーについては、誰しも動機を持って目指すことができる概念であると考えている。しかし、個人としての動機やレディネスによってすぐに向き合える人、まだ時間がかかる人、場合によっては中長期には別の道をとるのが望ましい人がいると考えており、本節では社会と共創するマスタリーを歩む上でのエントリーについて述べていく。
社会と共創するマスタリーの第一歩
社会と共創するマスタリーの第一歩としては、まず自分自身を知ることである。ここでいう自分を知るとは、自身がこれまでの人生の中でどのような変遷を経て現在があるかを深く理解することであり、自らの根底にある価値観を形成するきっかけと囚われの起源や、そこから生じたバイアス、および囚われの裏にあった願いである。(詳しくは次節を参照) 自分自身を深く、長く、広い視点で理解し、持続的に向き合い続けられるテーマを身体の芯から紡ぎ出すことが、今後も長い時間を掛けて社会と向き合いながら概念を作り上げていくための基盤となる。自分自身を知るための手段として有効だと考えているのが、次節のIFDであり、次節以降で流れについて説明していく。 なお、社会と共創するマスタリーに向き合うことについては、このような人は適切、このような人は不適切と線を引くものではなく、誰にもその素地は潜在し、本稿において選別をする意味合いはないことを補足しておく。
社会と共創するマスタリーを目指す起業家
Reapraは次世代の産業のマーケットリーダーを目指される起業家を支援している。言い換えれば、社会と共創するマスタリーを共に目指せる起業家と共同で産業創造に向き合おうとしている。次世代の産業のマーケットリーダーを目指す起業家とは、長期の時間軸を持って世代を跨ぐ社会課題を含む複雑性の高い市場(PBF)を領域としながら、環境と自我の相互作用に向き合い学習し続けられる方だと考える。前述したIFDなどを通じ自身に向き合う中で、社会と共創するマスタリーを目指す動機を持たれた方は、ぜひ共に次世代のマーケットリーダーを目指して頂きたい。 こうしてReapraは次世代の産業のマーケットリーダーを目指す起業家やその組織と、社会と共創するマスタリーを共に歩みながら支援をしたいと考えている。
起業家以外の選択肢
社会と共創するマスタリーの歩み方にはいろいろな形があると考えており、必ずしも”起業家”の道のみではない。長期で向き合いたいテーマを追いかけることが、株式会社として起業という形態とフィットしない場合もある。(既存企業へのジョイン、非営利(NPO、一般財団法人、その他など)の設立等の選択) 自身のマスタリーテーマに沿って社会との共創を進める際に、起業という形が最適ではない場合は、学習が促進されるより最適な場を模索することが望ましい。仮にReapraという場が最適な場である場合には、インターナルメンバーとしてのジョインもありうる。ただし、あくまで「自身のマスタリーに沿って社会と共創する場」の選定であり、インターナルメンバーとなることはそのための手段に過ぎない。あくまで社会と共創を進めることが目的である。
FD
参照:2020Q3_Foundation Design_F15_Ver1.2
FDの位置付け
社会と共創するマスタリー(CCwS Mastery)を進めるにあたっての起点となる学習の土台の構築について記載していく。Reapraでは 「ファウンデーションデザイン(以下、FD):個人が人生の長期に渡り学習し続ける目的や目標を紡ぎ出し、そこから派生し関連する組織や特定業務の目的や目標を設定し、それらと現状の差分を明らかにすることで、個人が社会と共創し学習しつづけるための土台を設計・再構築する取り組み」 という概念に従って、学習の土台を設計していく。FDは「マスタリーを導き、環境と自我の相互作用に向き合い続けたいという動機の起点となる囚われの起源を特定し、それを未来へのエネルギーと変換する行為」と「自我が芽生える前後で生まれた囚われの起源、及び根源的な願いを特定し(その後の変遷理解含む)、それらを社会課題と照らし合わせて、ライフミッションを掲げる取り組み」の2つで構成されている。またFDは実践を通して変化し続ける性質上、一度行ったら終わりのものではなく、定期的に振り返り更新し、運用しつづけていくものである。社会と共創する熟達を進めるにあたってFDを行う目的は以下の4つである。
(0)社会と共創するマスタリーへの理解を促進させ、動機の確認を行う
前提として対象者がFDの理解や実践に進む前にあたって、社会と共創するマスタリーをよりよく理解し動機づいているない場合、FDが意図している効用を出せない危険性が存在する。
(1)長期継続学習の方向(ベクトル)を定める
(2)見ている時間軸を伸ばし長期的な視点を作る
(3)向かいたい方向(ベクトル)に対して学習の範囲を広げる
社会と共創するマスタリーとは、長期持続可能な自己統制、幸福、社会貢献の獲得を目的として、実践を続けるにつれ社会との接点が増え続ける唯一無二のテーマ(複雑性の高い領域)に沿った学習をし続けることである。複雑性の高い社会に身を晒しながら学習し続ける過程においては、現時点では存在しない唯一無二の概念を構築することを意図した上でありとあらゆる方策を実践するため、大きなストレスを感じたり、目を背けたくなるようなアクシデントが起こってしまう可能性も十分に存在する。それでも長期的に学習を続けていくための動機を保ち続けられるテーマの紡ぎ出し及び、現在地とのギャップや本質的課題を認知した上での自己向き合いが必要である。そのための準備として、過去の環境や経験から囚われの起源、及び根源的な願いを特定し、そこから(1)〜(3)を紡ぎ出す必要がある。
FDがもたらす効用
FDは社会と共創するマスタリー(CCwS Mastery)を志す者が、複雑性が高い産業において向かいたい方向(ベクトル)に対して長期的な時間軸の中で学習の範囲を広げていく上で、以下の3つの効用をもたらす。
1:内発的動機による長期継続学習の方向性や範囲の決定
自らが生まれた時点から現在にいたるまで、環境と自我の相互作用を通して形成されてきたエネルギーの根源を認知し、その構造を理解することで、今後10年以上のキャリアにおいて熟達し続けるための内発的動機をより効果的に活用することができる。
2:実践に基づく学習の改善
日々の実践において表出する課題を、自我課題と紐付けて認知し、自分に矢印を向けて内省的に振り返ることを習慣づける。これにより、社会と共創し熟達の旅における改善点が明確になり、現状と成したい姿の差分を埋める活動が行いやすくなる。
3:伴走支援の活用
社会と共創する熟達に向けて自己の囚われを認知し活用していく為には、自分自身について知らない、また考えたことのない部分を実践を通して探索する必要がある。そのため、継続的に他者を活用し客観的視点を得ながら、伴走者と一緒に探索していくというマインドが重要であり、それを通して対象者と伴走者の文脈を統一することで、今後の伴走支援の活用が行いやすくなる。
FDの全体像
では具体的にFDではどのようなことを実行するのか、この節ではその全体像を示す。FDは以下のように定義されており、REAPRAの支援先企業、REAPRA社内および投資先へのハンズオン支援にて導入されている。
定義
個人が人生の長期に渡り学習し続ける目的や目標を紡ぎ出し、 そこから派生し関連する組織や特定業務の目的や目標を設定し、 それらと現状の差分を明らかにすることで、
個人が社会と共創し学習しつづけるための土台を設計・再構築する取り組み
FDは以下の4つのフェーズで構成されている。
Stage1:社会と共創するマスタリーの概念理解と動機の紡ぎ出し
Stage2:個人と社会のMission・Vision紡ぎ出しと重なり合わせ
Stage3:足元のエントリーポイントの紡ぎ出しとストレッチターゲット設定
Stage4:ストレッチオペレーション運用
FDの構成要素の詳細
前節で記載した通りFDには4つの段階があり、それぞれを有効に進めることによって、向かいたい方向(ベクトル)に対して長期的な時間軸の中で学習の範囲を広げ、必要に応じてそれをアップデートすることが可能になる。この節では各フェーズの説明を行い、FDの理論構造を共有する。
Stage1:社会と共創するマスタリーの概念理解と動機の紡ぎ出し
対象となる個人が社会と共創するマスタリーの構造を理解した上で、その方向性に向かっていきたいという姿勢やマインドセット(マスタリーへのレディネス)を醸成するステージである。社会と共創するマスタリーを長期間において実践し続けるにあたり、定期的に内発的動機を確認・強化することは非常に重要であるため、このステージの理解が疎かであると、ステージ2以降の実践において学習がスタックしてしまう原因となる。
Stage2:個人と社会のMission・Vision紡ぎ出しと重なり合わせ
社会と共創するマスタリーは、環境から強制・期待されるものではなく、自らが持続的幸福、自己統制感、社会への貢献を獲得するために歩むものである。内発的に強く動機づくためにはまずは実践することが必要であり、小さな実践を通して徐々に充実感を感じたり、動機を整理したりすることで更なる実践への原動力にするというサイクルが回ることが理想的である。このステージでは以下の(1)〜(4)の手順を辿ってその土台を作るために、自らの内面の振り返り、有限な時間の中で成し遂げたいこと、どのような形であれば内発的に動機づき、社会と共創することができるのかを確認することが目的である。
- 個人の生い立ちを振り返る中で、意思決定に最も大きな影響を与える囚われの起源を特定し、それが人生の中でどのようにアップデートされてきたのかを整理する。その過程でその囚われがどのように強みとして表出したのか、どのように課題として表出したのかを特定する。
- 囚われているものを原動力として、今後の社会と共創するマスタリーの学習に活用できるような意味や願いに変換することで、長く活用できるライフミッションを言語化する。
- ライフミッションを追い続けるにあたり、社会と接点を広げながら実践するための領域を紡ぎ出す。複雑性が高く、世代を跨ぐような社会課題と自身のライフミッションを重ね合わせることで、社会と共創し熟達していくテーマを紡ぎ出す。起業家にとっては、それが企業のミッションの土台にもなりうる。
- 紡ぎ出したミッションに対して、各時間軸においてどういったマイルストーンを持つべきかを設定し、個人や会社のビジョンに落とし込む。 また、一度紡ぎ出したマスタリーテーマやミッション、ビジョンは実践を通じて、常に変化していくものであり、その定期的な振り返りによる見直しも大切と考えている。
Stage3:足元のエントリーポイントの紡ぎ出しとストレッチターゲット設定
本ステージはゼロイチフェーズの起業家であれば、エントリービジネスを開始するにあたりミッションに照らしてなりたい姿に沿ったストレッチなターゲットを設定するステージである。一方で、既に事業をスタートさせている起業家においては、自らのハンズオン領域を決めてそのターゲットを決めることになる。曖昧な中でもストレッチなターゲットを置くことで、あの手この手で実現し近づいていくことで高い目標を掲げることが文化となるための起点となる。どちらの場合においても、自己変容に向き合いながら足元の学習に専念できる環境を作るために、適切なエントリーポイントを設定することが重要である。起業家であれば「既にマーケットが存在している陳腐なビジネスだが、作り込むことで競合より圧倒的に高い利益率を達成することが見込めるもの」を適切に紡ぎ出す必要がある。ターゲットは営業利益といった事業目標だけでなく、FDを通して特定された自我課題が実践を通じて改善に向かうよう、現状と成したい姿の差分を様々な視点から把握し設定されるべきである。
Stage4:ストレッチオペレーション運用
エントリーのビジネスにおいて足腰の強いオペレーション構築に取り組む本ステージにおいても、FDのプロセスを通して特定したライフミッションや、囚われからくる自我課題を切り離さずに扱う必要がある。ストレッチターゲットに向き合う中で、どういったときに自我課題が表出するのかを意識して施策の想起や実行を注意深くモニタリングしたり、ライフミッションと足元の目標のを繋がりを立ち止まって考えることで高収益化への内発的動機を確認したり等、FDで紡ぎ出された内容をどう活用するかを意識して日々の実践に向き合うことが学習効用を高めるために重要である。
FDの進め方
この節ではFDの具体的なイメージを共有するために進め方の例を示す。ただし、以下のFDの進め方はあくまでも一例であり、FDの理論構造を元に、FDの対象者と伴走者、その関係性によってもカスタマイズされて行く必要があることに留意しなければならない。
FDは対象者と伴走者による複数回に渡るセッションを通じて行われる。目安として1セッションを90分として、 5〜6回程度の対話を通じて以下の内容を深める。
Stage1
(a) 社会と共創するマスタリーの資料読み込み、質疑応答を通した概念理解
(b) 社員、投資先のケース資料の読み込み、質疑応答を通した概念理解
(c) 自らが社会と共創するマスタリーを歩むことの動機の整理
Stage2
(d) 自身が原動力とするべき囚われ(マスタリーシャドー)の構造理解
(e) 自身が原動力とするべき囚われ(マスタリーシャドー)の特定とその後の変遷理解
(f) ライフミッション(どう生きたいか)の設定
(g) マスタリーテーマ(熟達のフィールド)の設定
(h) ビジョンの設定
(i) マスタリーテーマとコーポレートミッション・ビジョンとの重ね合わせ
FDをうまく活用するには
自分自身の誕生から、自身の自我と環境がどのように作用することで意思決定の癖が形成され、強化されてきたかを振り返るにあたり、対象者は、自分自身について知らない、また考えたことのない部分を伴走者と一緒に探索していくというマインドが重要である。また、FDは一度、集中的に実施して終わりというものではなく、事業の実践を通じて既存の自己理解がさらに深まったり、これまで見えてなかった新しい自分の性質を理解したりすることで、時間と共にアップデートされ続けるものであると理解することで、FDが動的に活用されるものとなりやすい。
FD伴走者の心得
冒頭に記したとおり、FDの究極的な目的は対象者の長期継続学習へ向けた土台を整えることであり、伴走者は、その達成に向けてゼロベースで思考し、あらゆる手を駆使することが求められる。言い換えると、質問する項目の内容や進め方が具体的に示されているフレームやガイドが常に存在するわけではなく、FD伴走者としての能力は特定のスキルセットで構成されているわけではない。より良いFDの伴走者になるためには、伴走者自身がFDの実践を通じて獲得した高い解像度の自己理解と、FD対象者を色眼鏡をかけてジャッジするのではなく、自分が持つバイアスに注意深く認知しながら、理解をし包容するという強い意識を獲得する必要がある。また、1人のFD伴走者が持つバイアスによる副作用を可能な限り排除し、かつFD対象者に対してより客観的な自己理解を促すことを目的として、FDのすべてのプロセスを伴走者ー対象者の一対一の関係に閉じず、複数のFD伴走経験者の視点を入れることが強く推奨されている。
PBF/エントリー
SO
SOの位置付け
ここからは、社会と共創する熟達(CCwS Mastery)の実践的な学習様式について記載をしていく。REAPRAではエントリービジネスを始めるフェーズから「ストレッチオペレーション(以下、SO):成り行きでは届かないが叶えられたら喜ばしい高い目標を掲げ、その実現に向けて自己及び組織の変容に向き合い試行錯誤する学習様式」という概念に従って学習を進める。SOは時間軸として永遠に「創り込みと探索」を行うものであり、どこまで到達したら終わり、という区切りはない。
ありたい姿にアプローチする上でこの学習様式を選択する理由は2つある。1つ目は、「環境と自我の相互作用」を活用し、効果的に自我の変容を促すためである。高い目標を掲げ、その達成に動機はあるものの今のままではたどり着けない、つまり過去から現在に至る自分のやり方・学び方では通用しないという環境を設定することで、自我の変容が促される。2つ目は「高い収益を生み出すモデル」を実践を通じて創り込み、自社のビジネス領域を拡張するためである。エントリービジネスでのSOを通じて得た超過収益やマーケットインサイトを活用し、ネクストビジネスの創出、そしてコーポレートミッションで示された「ありたい姿」への前進が促される。
SOの効用
SOは、事業と向き合いながら社会との共創範囲を広げていく(CCwS Mastery)者がPBFのようなワンプロダクトでは突き抜けられない複雑性の高い市場で持続的にインパクトを創出する上で、以下の3つの効用をもたらす。これによりマーケットの解像度を鮮明にし、複数プロダクトを展開するインサイトを獲得することで、オペレーショナルエクセレンシーによる競争優位性を構築できる。
1:高収益の創出による次の領域開拓への資金獲得
同じ事業を営む他社と比較して圧倒的に高い利益率(1.5-3倍)を持続的に拡張できる状態を創出する状態となり、エントリープロダクト以降のビジネスに使う資金を獲得できる。
2:SOカルチャー醸成
SOがカルチャーとして醸成されることで、そのオペレーションが崩れてもSOオーナー(主にCEO)が戻れば短期間(2、3ヶ月)でもとの高収益体質に戻せる状態、もしくは長期時間軸においてSOオーナーが離れても、足腰の強いオペレーションを維持・向上できるようになる。
3:マーケットインサイトの獲得
マーケットに対する深い洞察を継続的に探索することで、複数のプロダクトに事業展開していくための多面的な業界構造を理解できるようになる。
SOの全体像
では具体的にSOではどのようなことを実行するのか、この節では全体像を示す。SOは以下のように定義されており、REAPRAの支援先企業にて導入されている。
*定義
成り行きでは届かないが叶えられたら喜ばしい高い目標を掲げ、
その実現に向けて自己及び組織の変容に向き合い試行錯誤する学習様式
SOは大きく以下の4つの要素を含む。
SOの要素
1:ストレッチターゲット(以下ST)
2:他者巻き込み
3:ダッシュボード(以下DB)の創り込み
4:あの手この手(QA)の活用
SOの構成要素の詳細
前節で示した通りSOには4つの要素があり、それらを有効に活用することによって、成り行きでは届かない目標にリーチすることができるようになる。この節では、その要素の中でも特にSOとしてユニークで、重要な概念である「ST」、「DB」、「あの手この手」の3つについて詳細を記載し、より具体的な実践のイメージを共有する。
①ストレッチターゲット(ST)の設定
STとは「成り行きではたどり着かないが、叶えられたら喜ばしいほどの高い目標」を指す。ここではその目標を達成するということに加え、自我を変容していくことも目的とする。また、SOを始めるにあたり、STに対して「信じ力(根拠はないが行けそうな気がすると信じ込める力)」をもっていることが望まれる。前提として成り行きではたどり着かないような目標を立てているため、高い目標を実現したいという強い動機を持ち、それ(高い利益目標を実現できる可能性があるということ)を信じ込めている状態(不可能だと思っていない状態)でなければ、SOの実践に対して自責的に向き合うことが難しくなるからである。
具体的に、STは以下に示した「時期」「定性」「定量」の3つの軸から明確に定める。これによりToBeの「いつにどのような姿でありたいのか」を自己・組織の両面から明らかにしていく。
・時期
REAPRAとしては、「半年間」がSTの時間軸の目安として適切であると考えている。過去の投資先支援経験から一年間では効果を見るために時間がかかりすぎてしまい、半年未満ではオペレーションの感度を掴むのに短すぎると判断しているからである。ただし、一年間や三ヶ月をタイムスパンとして考えることを否定しているわけではなく、企業の状況によって柔軟に変更されるべきであるという前提を置いている。
ここで設定された最終目標は月次目標にブレイクダウンされ、DB上でマイルストーンとして設定することで、足元の感度を高める。
・定性
定性の側面からは、STのタイムスパンに対して「ありたい姿・状態」を、個人軸と組織軸の2軸から言語化して定めていく。
個人軸においては自己変容を促すことで到達したい自身のありたい姿・状態(FD参照)を定める。また組織軸においては、CEOがSOを体現した後にどのようにSOカルチャーを組織に醸成し、自身が離れても高利益体質を維持向上できる状態にするのか、という観点から言語化し、定める。
・定量
同じような事業を営む他社と比較して圧倒的に高い利益率(1.5~3倍)を持続的に拡張し続けられるような状態をSTの定量として定める。現在の状態では実現の仕方が見えないような高い目標を意図して立てて信じ込むことで、自分の過去の経験や現在の包容力に囚われないToBeを創造する。
②他者巻き込み
他者巻き込みとは「自身及び他者の自我やライフミッションを踏まえて、他者の動機を紡ぎ高め、他者を包容できる範囲を広げていきながら、相互のミッションを達成していくこと」を指す。SOを実践する際、過去の経験学習からブラインドになってしまっているものは自分一人では改善することが難しい構造になっている。ここで伴走者(REAPRAではRM)を活用することで、第三者の目線で自分のありたい姿への進捗を確認したり、どのような癖があるのかに気づきを与えたりすることができるようになる。つまり、他者を巻き込むことで、自分が囚われていた範囲から、実践できる領域を拡張することができるようになるのである。
・SOを進めるにあたって、巻き込むべき人
前提:
起業家自身が一人なら達成できないと思うストレッチターゲットを、巻き込む他者と進めることでストレッチターゲット達成できると思える人
・社員として雇う場合の要素
must
1、SOのゴールに向かうことに対して動機がある(会社のMVと自身のMVのオーバラップがあり強くSOに向き合いたい)
2、素直で柔軟でコンディションが良く、前向きな人(コミュニケーションコストがかからない)
3、試行錯誤が好きで提案をしてくれる人
want
1、ハイパフォーマー:スキル・ナレッジに長けていて、ありたい姿に対して、より早く前に進む構造に変容を促してくれる人
③ダッシュボード(DB)の創り込み
DBとは「社会と共創する熟達を理解し、動機づいている(将来ありたい姿と現状がある程度鮮明になっている)人・組織が、将来ありたい姿と現状の差分を可視化してそれらに敏感になり、将来ありたい姿に向かって熟達していくための動的なサポートツール」を指す。一般的なビジネスで使われているDBはPLを記すものにとどまっているものも多いが、これはREAPRAにおけるDBの一部であり、他には施策表などの「なりたい姿の指標(営業利益・実際のオペレーション/アクション)」が繋がって表現されているものを意図している。
PBFにおいては答えがない(分からない)領域で学習していくため、あらかじめ変数を決め込むことができない。それゆえ、実践を通じて得られた気づきを活用してDBを発展させていくこととなるため、初期のDBの構築はプリミティブ(原始的)なものから初めていき、自己及び組織が活用できる範囲・粒度のものから創り込んでいく必要がある。ここで、初期の段階で多様な変数を取り込みすぎて、組織が活用できない状態から初めてしまうことや、頻度高く見ることができない指標を設定してしまうと、DBが静的に落ち着いてしまう可能性がある。つまり、社会と共創する熟達に合致した動的なDB運用イメージとは、「営業利益・実際のオペレーション/アクション」を通じて日々DBを創り込み、探索することで発展させられるものである。
また、DBをより効果的に活用するための方法として、代表的なものを2つピックアップする。1つ目は「デイリーで活用すること」である。日々実績をアップデートし、ToBeとAsIsを明確にすることで、その差や変化に敏感になる。これを日次で振り返り内省することが、施策立案/アクションの頻度を高め、学習を促進させ、しなやかに習慣を変えていくことにつながる。2つ目は「創り込みと破壊」である。前述した通り、日々DBを活用することで、実践から得られた気づきをもってDBの変数の足しこみや構築を進めていく「創り込み」が発生する。ただしこれは、あらかじめ自己が認知している事業プロセスのユニバースに制限されるものとなっている。時には(3ヶ月や半年などの節目ごとに)この事業プロセスのユニバース自体を疑い、見直すことで、現在のDBの見ている範囲や切り口自体を「破壊」し、大きく変えることも必要となる。
④あの手この手(QA)の活用
あの手この手とは「将来のありたい姿と現状の差分を複数の時間軸から多面的に認知し、それらの差分をいち早く埋めるための有効な方策を数多く想起・実践する手法」を指す。これは一般的な「施策」や「DP(ディープアクション)」と呼ばれる概念とは異なっており、「QA(クイックアクション)」としてSOの中で小さく切り出された方策を数多く回して前に進めていくことを示す。これにより、オペレーションが自分の今までのやり方に閉じず、不慣れで苦手な部分にも触れた上で、小さくとも前にステップを踏むことができるようになる。そして最終的に、この実践を通じて経験学習がなされ、自我の拡張に繋げることができる。
具体的に、あの手この手(QA)は以下の「気づき」「施策想起」「施策実行」「施策評価」の4ステージを順に追うことで、効率的に経験学習サイクルを回すことに貢献する。
1:気づき
日々生きていく中で遭遇するありとあらゆる事象を学習機会として認知する行為。ニュースや書籍などの外的な事象だけでなく、苛立ち、恐れ、疑い、喜びなど、自身の感情の機微を捉え構造理解しようと努めることで、結果として自身が見落としている課題を認知し、自己変容へ向けたアクション創出のきっかけとなることが多い。
2:施策想起
気づきによって得たアイディアを具体的なアクションに落とし込んでいく行為。因果関係が複雑な領域であるほど、特にできる限り小さな施策を想起することが重要で、クイックに回せる施策に打ち込む。
3:施策実行
できる限り自分のコンディションやメンタルモデルを明確にした状態で、その影響を十分に理解できるような工夫(数をとる、コンディションを記録する)を行い、どうしたら施作自体を改善できるかを思案しながら運用する。「なんでもいいからやる」、というわけではない。
4:施策評価
アクションの結果をさらなる気づきに繋げる行為。実行の結果を評価することで、以降のアクションの質の向上を生むとともにAsIsの解像度を上げることができる。
※経験学習サイクル
SOをうまく活用するには
ここまで記述してきた通り、SOとは過去の自分の体験や学習によって形成された価値観・バイアスに囚われず、人を巻き込みながら自己および組織を自我をしなやかに変容させ、なりたい姿に近づこうとするものである。これを自分一人で実践しようとしても、無意識に過去の自分の自我(囚われ)に引っ張られ、特に感情が動く出来事が発生した際には、過去の習慣に紐づく意思決定・行動・学習態度が顕著に表出しやすくなってしまう。それゆえ、なりたい姿に照らしたあの手この手を実践するにあたって、自分のありたい姿と現在地を可視化したダッシュボードや、第三者目線で共同学習ができる伴走者の存在があることで、効果的に内省できるようになる。また、SOオーナー(エントリービジネス においては主に起業家)が自ら実践し、体現することで一定のSOの粒度が高まった暁には、それを組織にデリゲーションし、組織カルチャーとしてSOが根付くまでオーナーが巻き込んだメンバーに対して伴走を施すこととなる。
なお、SOに終着点はない。既存事業を作り込み、新規プロダクトや新規事業など、新たな領域への拡張を果たし、そこでまた作り込みと探索が行われていく。そして、この起源となるのは、SOオーナーを担う起業家自身である。
※このサマリの作成に使用した詳細の資料はこちら。
今後の展望
これまでの節で、現段階における実践の枠組みを述べたが、本節では、Reapraが社会と共創する熟達を歩む上での今後の展望について記載する。 「はじめに」にもあるように、Reapraは社会と共創する熟達を歩む中において、現在は研究実践を通じて産業創造をMissionとして活動しており、その中でも企業のゼロイチフェーズを中心に研究実践を行っている。 産業創造の研究実践において、今後は、ゼロイチフェーズのみならず、産業の成熟フェーズや衰退フェーズも含めて研究実践をも視野にいれて探求していきたいと思っている。また資本主義下における営利企業による産業創造のみならず、非営利も含めて幅広く活動していきながら、社会と共創する熟達を歩んでいきたい。
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